2026.3.31

共感されるKASAGIのテキスタイル。

~手仕事の価値と、トレーサビリティの意味~

“自分がもし羊だったら、どんな風に生きたいか”。羊毛に惚れ込み、羊のことを考え続けるうちに、羊の幸せを考えるようになった笠木真衣さんはテキスタイルブランドKASAGIを主宰する。前回の記事に続いて、今回は笠木さんが独自の製品作りに至った経緯と、テキスタイルへの共感がフランスやイギリスに広がる様子を紹介する。

プロフィール

笠木真衣 KASAGI 代表・デザイナー
神奈川県出身。羊毛が紡がれ糸になることに深い感銘を受け、2009年からクラフト的手法を学び始める。10年間、ウール加工に関する様々な技法をほぼ独学で学び、2020年より島根県大田市にある三瓶山で羊の放牧をはじめる。自社で飼育した羊の毛を原料の一部として工業的生産方法を取り入れた製品づくりをしている。2020年10月ジャパンテキスタイルコンテスト2020 グランプリ受賞。2023年・2024年・2025年Première Vision Paris maison d’exceptions出展。
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初めて糸を紡いだときの感動を覚えている。

“なんてふわふわで気持ちいいんだろう、ずっと触っていたい”と、初めて羊毛から糸を紡いだときの衝撃を、笠木さんは振り返る。2011年のことだ。

その当時、笠木さんは群馬を拠点にウールのショールやストールなどの手紡ぎ・手織り製品を作り、販売していた。
「初めは市販の糸を購入して製品を作っていたのですが、糸を作ってみたいと糸の紡ぎ方を教えている教室に行きました。そこで手渡された練習用の材料がたまたま羊毛でした」。

糸車を軽く回すと羊毛が撚られて糸になる。「人間は縄文時代から繊維を紡いで糸にしていたそうです。原始の営みとつながったように感じて、すごく興奮したのを憶えています」とウールと衝撃的な出会いを果たした笠木さんは、自ら紡いだ糸でマフラーやショールを作るようになる。

糸の紡ぎ方や生地の織り方を書籍で独学しつつ、笠木さん一人で全ての工程を手作業で商品を作っていたため、ほとんどお金にならない日々が9年近く続いた。
このまま続けるか、やめるかを悩み、夫の真人さんに相談すると「“あなたの作るウールの製品は、ネクストレベルのあたたかさだよ!絶対にやめない方がいい”と励まして、ほめてくれました。その言葉に支えられました」。

羊毛に出会ったときから羊を飼いたいと思っていた笠木さんは、真人さんの故郷の島根県が好きになり島根で羊を飼うことが夢になった。2018年には島根県に移住して、2020年に4頭の羊を飼い始める。長い間、思うような結果に結びつかず、やめてしまおうとも考えていた笠木さんだったが、羊を飼い始めてからは迷いがなくなったという。「羊の世話をしているときが一番生地を作っている実感が湧きます。とっても楽しいです」と続ける。

島根に拠点を移し、羊を飼い始めたことで製品の作り方も大きく変わった。以前は外部から羊毛を購入し、以降の紡織(糸を紡ぎ、生地を織る)からソックスやショールにすることまで一人で手作業で行っていた。今では羊の飼育と羊毛の刈り取り、羊毛の洗い加工までを自身で行い、紡績以降の工程は基本的に外部の提携工場の職人とともに行い、生産数を増やしている。

「ずっと一人ぼっちでウールの加工方法の研究を続けてきた成果が、紡績工場とのやり取りに、生きているように思います。職人さんとの連携も深まってきて“笠木さんのウールなら、こうするといいかな?”と提案してくれるのがとてもうれしいです。信頼関係を深めてくださっているのを実感しています」と、多くの人の協力を得てKASAGIのテキスタイルは着々と進化を続けている。

国を越えて共感を呼ぶテキスタイル。

こうして生まれたKASAGIのテキスタイルは、パリのPremière Vision Paris maison d’exceptionsへの出展を契機に新たな展開を見せる。展示会でフランスのブランド「SENTÔ」でデザイナーを務めるSophie Escojido(ソフィー エスコジド)さんと縁が生まれた。ソフィーさんはブティックやレストランが立ち並ぶパリ6区に店舗を構え、KASAGIのテキスタイルを使ったジャケットの製作を進めている。

「昨年10月にパリのお店に足を運ぶことができました。そこで印象的だったのは手仕事に対する価値観の違いです。オートクチュールなど人の手仕事は最も美しいものを作り出す手段の一つとして、パリでは広く認められているんです」

パリでSENTÔの店舗を訪れた笠木さん

例えば、ソフィーさんのお店には手刺繍が入った手紡ぎ手織りのパシュミナ(カシミア山羊の超極細の冬毛)やスカーフ、インドのブロックプリント生地を使った手縫いのジャケットなどが並ぶ。

「ソフィーさんの製品はパリでもとても人気があります。お店も製品も、すべてが手仕事への敬意と愛情にあふれていました。すべての製品に対して、作っている場所へ自ら赴き、職人に会い、生産のプロセスを動画で撮影し、お客さまに丁寧に紹介して販売しています。お客さまは、ソフィーさんの製品作りに深く共感され、購入されていると強く感じました。ソフィーさんのブランドにKASAGIのテキスタイルを採用していただき、大変光栄だと思っています」

2026年の1月にはパリから島根にソフィーさんが訪れ、羊の飼育の様子や羊毛の洗浄、紡績の様子を見学した。“すべての工程に笠木さんの考えが行き届いていて、こんな方法は初めて見た。私のお店のお客さまにこの工程を紹介したい”と、うれしい言葉をもらったそうだ。生まれた土地も、育った文化や社会が違うにも関わらず、ものづくりを通じて湧く共感は、まるで奇跡のようだ。

「群馬で手作りしていたときは、手で作ったからすごい、という意識はありませんでした。フランスに展示会で来てから手仕事の価値を改めて意識するようになりました」

さらに、イギリスのテキスタイルデザインスタジオとのコラボレーションで、ブランケットを制作中だ。緯糸(よこいと)はKASAGIの日本の毛糸、経糸(たていと)はイギリスの毛糸を使っている。「羊を大事に思う日本とイギリスの毛糸が交差するブランケットになる予定です」。
また、KASAGIオリジナルのコートを開発中だ。一緒にコートを作っているアパレル経験の豊かなパタンナーさんからは、“こんな弾力のあるウールは今まで扱ったことがない、挑戦しがいがある”という熱い言葉を笠木さんはもらったいう。どんなものが出来上がるかワクワクしてくる。

コートの1stサンプル

「一般的なウール生地だとスッと切れるカッターでも、KASAGIのテキスタイルだと刃がすぐボロボロになってしまうんです。健康なウールから作られた生地はとても丈夫です。しなやかでありながら弾力もあるため、着心地がとてもいいです。羊の育て方によって、こんなにも違ってくるものなのかと、毎日、羊とウールに驚いています」と話す笠木さん、新作のコートは9月の東京展示会でのお披露目を予定している。

羊の幸せとトレーサビリティ。

「ヨーロッパでは、自分が身に着ける洋服がどのように作られているかということがアイデンティティに深く関わっていると感じました。パリの展示会への出展を重ねて見えてきたことです。とても印象的なことの一つです」と笠木さんは話す。

2013年にバングラディシュで起こった“ラナプラザ崩落事故”では劣悪な労働環境の縫製工場が多数入っていたビルが崩落。1132人が死亡、2500人以上が負傷、数百人が行方不明となった。劣悪な環境で作られた衣類を着ることは”私はこういった惨事を容認しています”との表明につながるということだろう。

「アイデンティティについての考え方を私なりに簡単に言い換えると“いつでも相手の立場に成り得る”ということだと思います。相手というのは劣悪な縫製工場で働いていた少女や牧場で飼育されている羊まで広く含みます」。
日本でトレーサビリティという単語を聞くと、それは自然界への影響を考慮した文脈で語られることが多いが、ヨーロッパでは児童労働や難民に対する搾取といった人権問題の文脈で語られることが多く、またアニマルウェルフェアにも深く関わっている。

「羊の幸せを気にしているのは、私だけじゃないということに気が付いてから、勇気が出ました」と話す笠木さん、飼っている羊を一日でも長く健康で暮らせるよう大切に育てている。
羊がケガや病気になったときには、獣医さんから屠殺した方がいいと言われることもある。「でも一カ月半くらい世話をすれば治るし、仲良くなれるんです。もし自分が羊だったら、そういう農場で生きたいと思います」。

地球上で人間が飼育する羊は約11億頭いると言われている。今笠木さんが飼育している羊は24頭だが、その羊たちの代表という気持ちで接している。今後は羊の数を増やしていきたいと話す。一人ぼっちで始めた手紡ぎが様々な人の心を打ち広がる様子からは、大量生産・大量消費とは違う価値観が、世界中で着実に広がっていることを実感できる。

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