2025.10.7

循環のなかにある暮らしと仕事。

プロフィール

こまつ農縁 代表 小松茂樹さん 小松かおりさん
群馬県高崎市箕郷町でこまつ農縁を経営する。農薬や化学肥料、除草剤に頼らず伊勢神宮ゆかりの米「イセヒカリ」や古代米や雑穀、野菜などを販売している。エンジニアとして会社勤めをしていたが2016年に就農する。

こまつ農縁
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“自分たちが食べたいものを、環境に負荷をかけずに育てる”という思いで、サラリーマンから有機農家に転身した小松さん夫妻。古代米や雑穀、野菜を作っていると、自然が循環している様子を生活の端々に感じているという。農家になったきっかけや、現在の働き方、循環を生む農業などの話を聞いた。

じっくりと5年をかけて農家に転身

群馬県高崎市、榛名山の麓に位置する“こまつ農縁”からは高崎の市街地が眼下に広がる。ここでは、伊勢神宮ゆかりのお米“イセヒカリ”や赤色や緑色をした古代米、キビやアワなどの雑穀に加え、トマトやナス、ピーマンにカボチャなどの野菜も生産・販売している。これらの作物を農薬や化学肥料、除草剤を使わずに育てるのは、小松茂樹さん・かおりさんの二人だ。

「自分たちが食べたいものを、なるべく環境に負荷をかけないで育てる、という思いで始めました」と話す茂樹さんは、気負いのない柔らかな調子で話す。

「農家になる前から、食というより環境にすごく興味がありました。有機栽培の雑穀や野菜を雑誌で見かけて、ベランダに置くようなプランターで育てていました。“あ、自分で作れるんだ!”という発見がありました」と、かおりさんは振り返る。

かおりさんは2008年、茂樹さんは2014年に勤めていた会社を辞め2016年に農家になった。「会社に勤めながら2011年からお米づくりはしていました。それも東京の知り合いの若者が、この辺りで水田を借りてお米作りをするから週末に手伝ってほしい、というお願いに“いいよー”という軽いノリで始めました」と茂樹さんは笑う。

ところがその友人が東日本大震災を契機に関西に引っ越してしまい、田んぼだけが残ってしまった。「困った貸主の農家さんから作り方も教えるからと、お願いされてお米を作ることになりました。サラリーマンをやりながら続けていたのですが、2014年に勤めていた会社が業績不振で私を含めた従業員が全員解雇になってしまいました。そこで思い切って農家になろうと決めました」と茂樹さんは話す。

茂樹さんは一年間、農林大学校の社会人コースに通い野菜作りや機械の使い方、経営などを一通り学んだ。その後、雑穀栽培をしている新潟や山形の農家さんに農作業の節目節目で足を運び、近所の農家さんの所にも行き、教えを請うた。

「農家になって今年で9年目になりますが、少しずつ取り組み始めたのも良かったです。会社を辞めてすぐ農業で稼ごうと思っていたら、古代米おかきづくりや味噌づくりなど、興味のあることに取り組む余裕が無かったと思います。就農する前に、ある程度の農業経験があったこと、近所の農家さんに機械を借りて使い方を教わるような関係性を築けたことも大きかったです」と茂樹さんは話す。

縁をつないで、できることを増やしていく

今でこそ80アールの田んぼと50アールの畑で農業を営む小松さん夫妻だが、この場所には家を建てるときに越してきたため、縁もゆかりもなく、親が農家という訳でもないので農地も機械も持っていなかった。

「最初の田んぼを始めた時に、近所の農家さんに土地も機械を貸してもらって、本当に助けてもらいました。そのあと何年かすると“うちにも畑とかハウスあるから使うかい”と、別の農家さんが声をかけてくれました。今は自宅の隣も畑にしているのですが、そこも別の農家さんの梅畑だったところを譲ってもらいました」と茂樹さんは話す。

周囲には慣行農法の農家さんが多いが、こまつ農縁の畑や田んぼに農薬や除草剤が行かないよう配慮してくれているという。

「田舎はよそ者に冷たいとか言いますけど、やっぱり見てくれている人は見てくれて、続けていれば認めてくれます。周囲の方やお客様との関係で経営が成り立っていることもあり、うちは、こまつ農“縁”という字を使っています。お客様はリピーターが多く、お米は定期的に買っていただく方がほとんどです。野菜に関しては対面販売がほとんどで、マルシェやカフェなどの飲食店さんとも顔の見える関係です。マルシェで出会った飲食店の方と取引が始まるケースも多いですね」と茂樹さん。

こまつ農縁では、赤米や緑米といった古代米や、古代米から作ったオリジナルおかき、イセヒカリを使ったお米ヌードルも販売している。さらに麦や大豆を育てて味噌、醤油を作ったりと、小松さん夫妻はどんどん挑戦を続けている。

「机でパソコンに向かう仕事と農業の違いは、生活と仕事が一体になっているところだと思っています。農作業も大変ではあるんですが、そこに味噌作りや醤油作りといった好きなこと・興味のあることを混ぜて仕事にできちゃうと思うんです」と話す茂樹さんの表情はとても生き生きとしている。

環境に負荷をかけない循環を作りたい

「無農薬でもたくさん肥料を入れて育てる方法もありますが、私たちが出した藁やもみ殻を畑や田んぼに戻して次の作物を育てる、循環もすごく意識しています」とかおりさんは話す。

もみ殻は地元のブリュワリーからもらったビールの絞りかす(麦芽粕)を混ぜ、麦芽粕の糖分で発酵を進めてから畑や田んぼに戻している。また、もみ殻は燻炭にして、次の年のお米の種籾(たねもみ)から苗に育てるのに使う培土の代わりにも使っている。こまつ農縁では色々な方法を試行錯誤しながら循環に取り組んでいる。

きびやあわなどの雑穀も、かおりさんの興味から栽培を始めたが「昔は、このあたりでも日常的に雑穀を食べていたみたいです。近所のおじいちゃんが高きびの入ったご飯を軍人さんが食べてるのを昔見て、すごく羨ましかったと言っていました。この辺りは山ですから、お米よりも雑穀や麦の方が育てやすかったんだと思います」と、雑穀はこの土地に合った作物だっとという発見もあった。

「高きびを収穫した後の茎はバイオマス燃料にも、キノコを育てる土台(培地)にもなります。キノコの産地である長野にある信州大学では、この研究がすごく進んでいて。培地は現状だと海外から何億円もかけて輸入しているらしくて、これを日本国内で賄えたらすごいことだと思います」と話す茂樹さん。究極的にはこの高きびの循環に近いことを実践してみたいという。

「自分が、この地球とか宇宙の働きの中の一つなんだ、循環のなかの一部なんだってことを実感したくて農業をやっている部分もあります。もちろんお金を稼いで生活するために、畑仕事をしているのですけど、お金が最終的な目標じゃないという感覚が強いです」と、かおりさんは話す。

地域で有機農業を広めるための仕組み作りや、新しい商品開発、循環への新たな取り組みなど、やりたいことが次々にあふれてくる茂樹さんとかおりさん。農家になって暮らす豊かさの一端が実感できた取材だった。

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