2025.7.24
有限会社白栄舎クリーニング代表取締役
茂木孝夫さん
有限会社白栄舎クリーニング代表取締役。東京都小金井市でクリーニング店を営む。約30年前から安心・安全な石けんクリーニングに切り替える。石けんを使った洗濯術を伝える講座も多数開催。著書に、「家庭(うち)でできるカラダにいい洗濯術」「おうちで全部洗える 魔法の洗濯術」(コスミック出版)がある。
自然栽培米の塩糀、イタリア薬膳など食に関するセミナーを開催してきたスーパーまるおか。今回は少し趣向を変えて、石けんによる洗濯を取り上げる。普段何気なく選んでいる洗剤にどんなものが入っているのか、ドライクリーニングと家庭での水洗いの違いなど、初めて知ることが満載の本セミナー。今回はその一部分を紹介する。
「父が経営していたクリーニング店を継ぎ、始めの数年はドライクリーニングをメインに営業していました。ですが生活協同組合さんの“石けんと合成洗剤の違い”学習会をきっかけに、それ以降はドライクリーニングを最小限に留め、30年近く石けんクリーニングをメインに営業しています」と話すのは、東京都小金井市でクリーニング店を経営する茂木孝夫さん。
「勉強会を受けた時点で国家資格であるクリーニング師の資格を持っていましたが、合成洗剤やドライクリーニング溶剤が自然環境や人体に及ぼす害については、そこで初めて知りました。自分は子どもに胸を張って話せる仕事をしているだろうか、そう考えたときに、人体や自然環境に害のあるドライクリーニングはやめ、石けんクリーニングを中心にやってきています」と続ける。
茂木さんには7人のお子さんがおり、そのうちの一人が重度のアトピー性皮膚炎だったことも、その決断の裏にある。「全身にかゆみがあって、夜は眠れず、肌を掻き壊してしまって、朝になると血の付いたシーツや衣服を顔や体から剥がしていました。家庭での洗濯を合成洗剤から石けん洗剤に変えたところ、アトピーもすっかり良くなりました」と当時を振り返る。
店頭に行くと数多くの洗剤が並んでいるが、それらは大きく2つに分類される。石けん(界面活性剤)と、合成洗剤(合成界面活性剤)だ。石けんは動物の油脂と木の灰が混ざってできた物質で一万年以上前から存在し、紀元前3000年ごろのバビロンの粘土板には、石けんの製造法が記されている。一方の合成洗剤は、第一次世界大戦中にドイツで開発されたというのが通説で、この石油が原料の洗剤が生まれたのは、ここ100年程の話だ。
<参考文献>森田隼人. 挑戦「無添加を科学する」~人と自然によりやさしく~. 有限会社シャボン玉企画, 2025, 10p
「合成洗剤には、人の健康や生態系に悪影響を及ぼす恐れのある化学物質が含まれているものもあります。国が定めるPRTR(Pollutant Release and Transfer Register:化学物質排出移動量届出制度)という制度に登録されている“ポリオキシエチレンアルキルエーテル”や“直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ソーダ(通称LAS)”は多くの合成洗剤に使用されています」
「PRTRに登録される化学物質は、環境中に存在する量によって、第一種指定物質と第二種指定物質に分類されます。第一種指定物質のなかにはダイオキシンやアスベスト、ドライクリーニング溶剤や合成洗剤が名を連ねています」
“肌に直接触れるものを有害な恐れがある洗剤で洗い、衣類に残留した物質が身体の中に入るかもしれない”という茂木さんの話を聞くと、日々の洗剤選びを見直す必要性をひしひしと実感する。「合成洗剤はすすぎが悪く、一回のすすぎでは洗剤が完全に落ちていないことも多いです。必ず2回すすぐことをおすすめします」。これは今日の洗濯からすぐに実践できることだ。
“肌に優しい”、“赤ちゃん専用”、“環境にやさしい”、“無添加”、“植物由来”、“ボタニカル”、“オーガニック”、洗剤売り場にあふれる言葉の数々。「これらに法的な規制や根拠はなく、言ったもの勝ちになっているのが現状です。農産物でオーガニックという言葉を使うには厳格な決まりがありますが洗剤では違います。“無添加”という表示があっても、先ほど話したPRTRの第一種指定物質が含まれている製品も多いです。何が無添加なのか、きちんと確認してイメージに騙されないようにしましょう」
「ほかにもパッケージに“蛍光剤・漂白剤・着色料無添加”という表示があったりします。普通は洗剤に蛍光剤、漂白剤、着色料なんて入れませんから、イメージだけの意味のない表示です」
家庭用品品質表示法という法律において、洗濯洗剤の表記は2種類しかない。品名の欄には“洗濯用石けん”と“洗濯用合成洗剤”のどちらかが必ず書いてある。「食べものを選ぶとき、皆さん原材料を少なからず確認していると思います。同じ様な意識で洗剤も選んでみてはいかがでしょうか」と茂木さんは参加者に呼びかける。
「洗濯用以外の洗剤だと、日本人は5、6年で約1本分の台所用洗剤を体内に吸収していると言われています。柔軟剤も合成界面活性剤の一種で合成洗剤よりも毒性が強いと言われ、痒みや湿疹などの皮膚障害を起こす可能性があります。最近では香りづけのマイクロカプセルが自分だけでなく、周囲の方の体調不良につながるケースもあります。一方、石けんでの洗濯だとふんわりと衣類が仕上がるので柔軟剤も不要です。家庭で使っている洗剤をすべて合成洗剤から石けんに変えるのは大変ですから、少しずつ石けんを取り入れてみてはどうでしょうか」
この日の講習会では茂木さんによる石けんクリーニングの実演が行われた。まずは染み抜き、続いてダウンジャケットの洗濯だ。「ダウンジャケットは家庭で簡単に洗えます。ダウンは水鳥の羽だから水にとても強いです。逆にドライクリーニングで洗うと羽の脂が抜けて、膨らみが悪くなります」
お洒落着や価格が高い衣類はクリーニング店のドライクリーニングで洗うことが多いという参加者に対して、茂木さんはこう話す。「洗濯表示のドライマークは、ドライクリーニングで洗える、という意味です。スーツやコートも手洗い可の表示がついていれば、家庭で洗うことができます」
ここで一度ドライクリーニングとは何か、ということを確認してみる。ドライクリーニングは水を使わず石油などを原料とした溶剤で洗っており、油や皮脂、化粧品といった油性の汚れはよく落ちる。一方で汗や食べこぼしといった水溶性の汚れを落とすことは苦手だ。
「一般的な家庭で出る衣類の汚れの約80%は水溶性、約20%が油性と言われています。汗や食べこぼし、泥などほとんどの汚れは水溶性です。水溶性の汚れは水洗いでほぼ100%落ちますが、ドライクリーニングでは5%程度しか落ちません。スーツをいくらドライクリーニングにかけても汚れが落ちず、特に夏は大量の汗でスーツがずっしりと重くなることもあります」という話に会場の参加者は思わずざわつく。
「ドライクリーニングには、型崩れや縮みが起きにくいという利点もあります。ただ、PRTR法による第一種指定化学物質が含まれているドライクリーニング溶剤もあるため、ドライクリーニングに出した衣類は半日ほど戸外で陰干しすることをおすすめしています」
ほかにも羽毛布団やニット、ジャケットなどもドライクリーニングではなく自宅で洗うことができると茂木さんは話す。毎日の洗濯を石けん洗剤に変えるのはちょっと腰が重い、という方はまずは、お洒落着から石けんクリーニングを実践してみるのも良いきっかけだ。人にも環境にも、お財布にもやさしい石けんクリーニングの魅力が伝わる、密度の濃いセミナーだった。