2022.5.11
株式会社トンビコーヒー代表 間庭邦夫さん
スペシャリティーコーヒーを提供する高崎の「トンビコーヒー」は、近県に留まらず全国にファンを持つ。店を経営する間庭邦夫さんは20年以上、世界中の産地に足を運び続けてきた。「コーヒーとSDGs」をテーマに、生産者や自然環境、子どもたちの教育など、コーヒー生産の現場を通じて考えた間庭さんの貴重な話に、セミナー参加者は熱心に耳を傾けていた。
コーヒー豆は赤道から南北25度までの一帯に位置するブラジルやアフリカ、中米諸国が主要産地だ。コーヒーの木は雨季に白い花を咲かせた後、4、5か月で赤い実をつける。この実はコーヒーチェリーと呼ばれ、さくらんぼより一回り小さいくらいの大きさだ。
「美味しいコーヒーにするためには、青い実を避け、真っ赤に完熟した実だけを一粒一粒、人の手で摘むことが欠かせません」と話す間庭さん。その後も精製、乾燥、選別とコーヒーは膨大な手仕事の上に成り立っていることを生産地で改めて実感した。
一方、世界最大のコーヒー豆生産国、ブラジルでは収穫方法や生産方法も大きく異なる。手作業ではなくトラクターで、実の選別も行わず枝につく葉も一緒くたに収穫し、その後に機械で葉や枝を取り除く。ブラジルではこの工程の精度が非常に高いそうだ。
また、コーヒー(アラビカ種)は赤道付近で育つ植物だが、25℃を越える暑さのもと直射日光にさらされると、葉から水分が蒸発し光合成が出来なくなるため、基本的にはほかの植物の日陰で育つ。
「ブラジルでは、サングロウン(Sun Grown)と呼ばれる栽培法がメジャーです。これは土地を切り開き、コーヒーの木を直射日光の下で育てます。成長速度が速く収量も多いですが、農地は速く劣化し、化学肥料や農薬に頼らざるを得ません」。
また、その農地は生物多様性ホットスポットである熱帯雨林を焼きはらったものだ。だが、ブラジルは世界全体のコーヒー豆の約3割強を生産しており、日本でも缶コーヒーをはじめ、レギュラーコーヒーにも広く使われている。
間庭さんは「ブラジルがコーヒー生産を辞めるようなことがあれば、世界中のコーヒー豆相場が高騰し、今のように気軽にコーヒーを飲むことができなくなるでしょう」と話す。
日本でコーヒーを飲むとき、私たちは味や香り、飲む場所の雰囲気などに目を向けがちだ。だがコーヒーは産地では一大産業であり、環境に大きく影響を与える一面も持っている。
会場で間庭さんが淹れたコーヒーの1杯目は東ティモールのもの。2002年にインドネシアから独立したばかりで、経済的に豊かではないこの国でコーヒーは重要な輸出品だ。最低買い付け価格を保障するフェアトレードという仕組みを通じて、2002年から日本のNGOが栽培技術や生活の支援を行っている。
「3、4年程前にNGOの方が来店してくれました。私はもうそろそろ東ティモールの人たちだけでコーヒー生産ができるだろうと思っていましたが、現実は全く違いました」と間庭さんは話す。“今、東ティモールでコーヒーを作っている世代は、教育も受けず、自給自足で暮らしてきた人たちがほとんどで、お金の使い方を知らず、教育や事業の拡大へお金を使うという発想がありません。教育を受け成長した子どもたちが親元に戻り、今ようやく自立へのスタートに立ったところです”という回答だったそうだ。
続いて間庭さんが淹れてくれた2杯目のコーヒーはルワンダのもの。トンビコーヒーで扱う豆は8件の農家さんが生産している。ルワンダは東アフリカに位置し鉱物資源も乏しく、コーヒーはここでも重要な輸出品の一つだ。
この国では1994年に100日間に約750万人の国民のうち、推定80万人が虐殺された。その影響はそこかしこに残り、加害者と被害者が同じ村にいる、ということも珍しくないそうだ。
虐殺の背景に貧しさゆえの進学率の低さがあったのではないかと間庭さんは話す。「ある人は10歳から働き始め学校に行けず、テレビやラジオから流れるプロパガンダに影響され、虐殺に加担してしまいました。彼は刑務所に収監されてから文字の読み書きを覚えたそうです。もし彼がきちんと教育を受けていれば結果は違ったのではないでしょうか」。
充分ではない教育環境はコーヒーの育て方にも影響を与えている。コーヒーの木の寿命は30年から40年ほどで、木が大きくなるにつれ栄養がコーヒーチェリーに集中せず味が落ちてしまう。対策として木の幹を地上から15センチあたりで切断するカットバックという手法がある。
「ルワンダでも東ティモールでもそうですが、せっかく大きくなった木を、なぜ切るのかを納得してもらうのが難しい。でも、こういった手法を積極的に取り入れて収入をすごく増やす人もいます。ある生産者の自慢は、収入を増やして家族みんなを健康保険に入れたこと、そして子どもたちを大学まで進学させたことです。そうした姿がみんなの目標になっています」。
間庭さんはルワンダの生産者に現地の技術指導員を通して剪定用のノコギリを贈った。「良いコーヒーを作ったら買うから、と生産者さんに伝えています。質の高い豆を作る農家さんと持続可能な関係を続けていきたいです」と話す。
教育というと、南米グアテマラの大農園には学校が設置されている。「この農園では、オーナーが自らの資金で農園内に学校を作り、生産者の子どもたちや近隣の子どもたちを受け入れ、教育を行っています。これからのコーヒー生産は、労働者と共に歩んでいかないと未来はない、という考え方のようです」。
国の一大産業であるコーヒー生産は、それぞれの国での教育にも深く関わっていることを、生産地を巡るなかで間庭さんは実感している。
今や当たり前になっているテイクアウトコーヒーだが、紙コップで提供することに未だに抵抗があるという間庭さん。「特に若い方の来店のきっかけとして続けている面が大きいのですが、どうしてもごみを増やしている気がして、それを考えると思う所があります」。
コーヒーにおける持続可能性を考えたとき、間庭さんは、今、私たちが楽しんでいるコーヒーと同じ位のおいしさを後の世代に残す責任があると考えている。だがそれも一筋縄ではいかない。
「たとえば牛が出す温室効果ガスを減らすため、カフェラテに豆乳や植物性のミルクを使用する方法もあります。でも、今まで私たちはどれくらいのカフェラテを売って、お金を稼いできたんでしょうか。そういった過去を無視して、畜産業に携わる人を切り捨てることは、“誰ひとり取り残さない”というSDGsの考え方に矛盾します」。お世話になった産業や人に恩返しをしながら、持続可能性を考え続ける必要がある。
「環境を守ることと経済的に発展していくことは、ある意味、逆のことです。この狭間にある課題にも私たちはしっかりと目を向け、考えていく必要があると思います」という話でセミナーは締めくくられました。
エコラボカフェのコーヒーはすべてトンビコーヒーの豆を使用しています。飲むときに、少しでも生産者とその周りのことを思いだしてもらえると嬉しいです。