2022.2.28
自然工房 堀込農園
約半世紀前から自然農法で野菜を作る堀込農園。 ぐんま百名山の一つ「崇台山」(そうだいさん)を望むこの場所で、堀込家は江戸時代の後期、少なくとも300年以上前から農業を続けてきた。 現在は病気に弱く生育が難しいこんにゃく芋を、農薬の使用を最小限に留め育てている。なぜ困難な農法を50年以上続けているのか、その理由を聞いた。
「子どもの代、孫の代。100年後、1000年後。それを見据えて作物を育てていくことが農家の仕事だと思います」群馬県富岡市で、こんにゃく芋を栽培する堀込聖(さとし)さんは話す。
こんにゃく芋は葉が少し傷づくだけで病気になったり、気温が暑いと葉が枯れてダメになったりと栽培が難しい。 春に畑に植え、秋に掘り出し、冬は暖かい場所に保存というサイクルを繰り返し、収穫までに3年を費やす。リスク回避のため化学合成した農薬や肥料を多く使用するのが一般的だ。
「有機栽培※1でおいしいこんにゃく芋を育てるため、農園内で資源を循環させています。土地が痩せないよう、山うどや飼料用トウモロコシとの輪作や、鶏のオスとメスを一緒に放し飼いにして鶏糞でたい肥を作り栽培しています」
農園の規模は7ヘクタールと家族経営の有機栽培農家にしては大きい。可能な限り資源を循環するためだ。
有機栽培のこんにゃく芋は化学合成された農薬や肥料を使用していない。また特別栽培※2のこんにゃく芋への除草剤や化学合成農薬の使用は最小限に留めている。
「雑草の管理に番手間がかかります。ですが、雑草も生態系の一部です。伸ばしすぎず、でも根絶やしにはせず、常にバランスをとっています」と聖さんは話す。
1950年代以降、日本が高度経済成長期を迎えると、農業においても大量生産が求められ、化学農薬や化学肥料を使用した慣行農法が急速に拡大した。
その大きな流れの中で、堀込農園では1970年代から有機・自然農法を実施している。始めたのは聖さんの父、理(おさむ)さんだ。
※1:化学合成された農薬や肥料を使わない栽培方法。一定の基準を満たした作物のみ、有機、オーガニックと呼ぶことができる。
※2:その農産物が生産された地域で慣行的に行われている節減対象農薬、化学肥料の使用状況に比べて、節減対象農薬の使用回数が50%以下、化学肥料の窒素成分量が50%以下、で栽培された農産物を指す。こんにゃく芋は栽培が難しく、この特別栽培に取り組んでいる農家さんはほとんどいない。有機栽培となればその数はさらに絞られる。
聖さんの祖父の代、高度経済成長期には農薬や化学肥料を使った慣行農法が、行政や農協から推奨されていた。野菜を作れば作っただけ売れた時代、収穫量の拡大が第一だった。
それに違和感を覚えたのが理さん。46億年続く地球の歴史、進化した生命とそれを取り巻く自然について、高校の地学の授業で学んだ。土地に農薬や化学肥料を大量に投入し、生物を殺して収穫物を増大させる農法に疑問を感じたという。
「慣行農法では化学物質を大量に使います。それは土地に、農家自身に、食べる人にどんな影響を及ぼすかと疑問を抱きながら農業を続けていたと父は話していました」と聖さん。
有機・自然農法を目指す大きなきっかけが、1974年から朝日新聞で連載が始まった有吉佐和子の小説「複合汚染」だ。
本書は、1950年代中盤から1970年代初めにかけての日本の高度経済成長期の裏で、工業や農業で発生した様々な化学物質が土地や人を汚染していく様を描き、世間に衝撃を与えた。
本には埼玉で無農薬栽培を実践する農家さんも紹介されていた「父は若い農家仲間数人と手伝いに行きヒントを得たようです。自然農法をこの土地でどうやって実践していくか、ずっと試行錯誤を続けていました」。
当時、自然農法に取り組むことは周囲からの理解も得にくく苦労も多かった。だが理さんは少しずつ時間をかけて慣行農法を辞め、特別栽培、有機栽培、自然農法※3への移行を進めた。その後、2004年に聖さんが就農した。
※3:無農薬かつ無化学肥料で栽培する農法。堀込農園では、こんにゃく芋を除いた、じゃがいもや山うど、玉ねぎ、里芋といったほかの野菜はすべて自然農法で育てられている。
有機・自然農法と慣行農法で育てた野菜の違いは何だろうか。聖さんはこう話す「自然農法では、その植物本来の大きさに育てます。慣行農法と比べてサイズは小さくなりますが、実は締まります」。
実が締まったこんにゃく芋は、単位当たりのグルコマンナンという食物繊維の含有量が高い。
堀込農園のこんにゃく芋と、慣行栽培のものとでは、同じ重さでも出来上がるこんにゃくの量に違いがでる。この点が高く評価され、慣行栽培のものより2倍ほど高い価格で取引されている。
ただ、こんにゃく芋は相場により価格の上下が激しく、その差で大きく収益を得られる場合もある。一方、堀込農園のこんにゃく芋は契約栽培のため価格が変動しない。お金を多く稼ぐだけなら慣行栽培の方が効率的だ。※4それでも聖さんは、特別栽培や有機・自然農法を続ける。
「自分本位ではない農業を少しでも広めたいです。だって、そういう方法が現にあるのだから。人間が足跡を残さないで生きるのはムリな話です。でも、後の世代につけを回さない歩き方がある、それを伝えたい」
どの農家さんにも生活があり、慣行農法がただ悪いとは聖さんは、決して言わない。だが、その決意は深く根付き、揺るぎない。
自然農法での新規就農を目指す方の研修や、学習障害を持つ方の就農研修なども受け入れ、少しずつその裾野を広げようと、聖さんは今日も農園で手を動かし続ける。
※4:こんにゃく芋以外の有機野菜は、慣行栽培の1.2倍ほどの価格で取引されている。
聖さんの自然農法で育った玉ねぎは、雑味やエグ味が少ない。マイルドで、ドレッシングにもお勧めだ。
堀込農園で栽培した規格外品の玉ねぎを、ひと皿に約半個とたっぷり使ったカレーをエコラボカフェでは提供中。玉ねぎの奥深い甘みが引き立つメニューだ。
このひと皿も、循環の一つだ。
[堀込 聖]
自然工房 堀込農園 代表
野菜ソムリエ
群馬県有機農業推進協議会委員
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[参考ページ]
農林水産省「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」(最終閲覧2022年2月21日)