2022.4.1

群馬発コールドプレスジュース 農家と生活者をつなぐ循環型ビジネス

koyomi代表 岡田康弘さん

群馬県高崎市で有機コールドプレスジュースを販売するkoyomi。代表の岡田康弘さんは地域の農家とともに、栄養価が高く手に取りやすいジュースを生産し、有機野菜の市場拡大に挑戦中だ。規格外品の野菜なども積極的に使用し農家の販売リスクの一部を引き受けるなど、循環性の高い事業を展開する岡田さん。剣崎町にある店舗で話を聞いた。

素材は旬替わり、季節とともにあるジュース。

規格外の有機野菜入りコールドプレスジュース

寒さのピークにあたる2月、コールドプレスジュースの販売やヨガ教室を手がける「koyomi」を訪れた。お店に入ると美味しそうな匂いが漂っている。
店を切り盛りする岡田康弘さんが「ストーブの上で焼き芋を焼いている香りです、今日はビーツも焼き芋にしています」と笑顔で迎えてくれた。

koyomiはアンチエイジングならぬ“Welcome Aging”がコンセプト「体も心も良い状態であれば、快適に歳をとることができます。それをお客さんと一緒に実践していく場がkoyomiです。そのためにジュースと有機野菜の販売、ヨガ教室、アートギャラリーを運営しています」。

コールドプレスジュースは主に有機野菜と有機フルーツから作られ、水分や甘味料などは一切加えていない。500mlのジュースに対して約1.5kgの果物や野菜を皮ごと圧縮している。

10社近い農家から材料を直接仕入れており、市場に出荷できない規格外品の野菜や果物も購入している「傷がついたもの、サイズが小さく規格から外れてしまったものを積極的に大量購入しています」。

農家には作物の保存設備を持たないケースも多い。農産物は工業製品と違い、天候などによって生産量や規格が安定しにくい。そのため需要と供給が一致せず、農家は極端に安い価格で販売したり、廃棄せざるを得ない場合がある。

koyomiには大型の冷蔵冷凍設備があり、収穫した作物を保存可能だ「果物や野菜をそのまま販売するよりも、ジュースであれば売り切るまでの時間に余裕が生まれます。多少形が悪くてもジュースのおいしさは変わりません」。

岡田さんは、これまで農家だけが負っていた生産リスクの一部を引き受けることで、お互いにフェアな関係を築いていこうとしている。

ユニークな名前は、農家と共に歩むため

店頭のメニューボードにはゴッホ、紫式部、ピーターラビットなどジュースのメニューとは思えない単語が並ぶ。

「ゴッホは、もし彼が群馬の夢を見たらというコンセプトで“ひまわり”のような黄色系のジュースを束ねたものです。秋口はリンゴ、冬は柑橘系のフルーツがメインです」冗談のようなネーミングだが本当の狙いは、農家の自由度を確保することだ。

一般的なジューススタンドのようにメニューごとに使う素材を固定すると、旬の素材以外も調達する必要が出てくる。それでは農家の負担もかかるし、どうしても栄養価も味も落ちてしまう。

「コンセプトで素材をくくるネーミングはジューススタンド運営の上で、一番のポイントです」と話す岡田さん。チャーミングな表情の下に高い戦略性が見え隠れする。

野菜や果実をプレスしたあとは当然、搾りかす(パルプ)が出る「お店の裏にコンポストがあるんですよ、見てみませんか?」と、店内のキッチンでパルプを回収した岡田さんの後に続き、お店の裏手に回る。

幅2.5メール程の枠の中で湯気をあげるコンポストにポンカンやニンジンのパルプを放り込み、岡田さんは手際良く混ぜていく「菌が発酵して60℃近くになっています。倉渕のとなみ農園さんに堆肥を分けてもらって、それを元に作っています」。

koyomiのジュースはすべてオーガニックのため、堆肥として農家に還元できる「ある程度溜まれば、となみ農園さんに持って行きます。ほうれん草がますますおいしくなると言ってもらっています」。

店舗と生産者との距離の近さを生かした、地域内での資源循環。農家の負荷を減らすコンセプトが先立つメニュー設定。“農家さんもお客さん、みんなをハッピーにする存在でありたい”という岡田さんの思いがここにも実を結んでいる。

ローカルだからできる、普段使いのコールドプレスジュース。

コールドプレスジュースで有機野菜市場拡大を目指す

岡田さんがkoyomiを立ち上げたきっかけはヨガとの出会いだ「4年ほど前に、重度のうつ病になりました。誰とも会えなくなり、勤めていた会社も辞めました。両親が渋川に部屋を借りていたので、都内から引っ越して一年ほど犬とふたりだけで暮らしていました」。

渋川ではほぼ家から出ない生活だった。そんなときヨガがいいと知人に勧められ、まずはオンラインで始めることにした。ヨガの哲学や世界観を学び、体を動かしていると心身が浄化していく実感があった。

「ヨガの先生が有機野菜を勧めてくれました。それまで慣行農法と有機農法の区別さえついていませんでしたが、食べ続けていると、頭にかかっていたモヤが晴れたような感覚がありました」

次第に本も読めるまでに回復した岡田さんは有機農業について勉強を始めた。
「日本のオーガニック市場が、ヨーロッパなどと比べて非常に小さいことを知りました。もっと有機野菜を広めたい、と考えたときに頭に浮かんだのがコールドプレスジュースでした」

国別の一人あたりの年間有機食品の消費額はスイスでは約37,000円、アメリカでは15,000円、日本では1,400円※1。岡田さんがアメリカで働いていたとき、コールドプレスジュースは非常に身近なものだったという。

「アメリカの物価におけるコールドプレスジュースの価格は、今のkoyomiの価格より、少し安いくらいです。背景には有機野菜の流通額が日本と段違いに大きいこともあります。アメリカ並みの価格にすることが需要を増やすポイントであり、ローカルならそれができると考えました」

実際にkoyomiのコールドプレスジュースは、都内よりも3割から4割ほど安い。

「koyomiのオーガニックコールドプレスジュースは、250mlで700~800円ほどと決して安いものではありませんが、すべて旬のオーガニック作物を使い価値のあるものだと自負しています」

高品質な有機野菜を大量に買い、それを大量に貯蔵しておき販売するビジネスは、産地へのアクセスが良く、土地の安い群馬だからできることだ。

※1 農林水産省生産局農業環境対策課 “有機農業をめぐる事情” 農林水産省 最終閲覧日2022年3月21日)

点ではなく面で、有機野菜と生活者を結ぶ

「すべてのヨガレッスンはジュース付きで、レッスン後はラウンジでお友達とおしゃべりして、帰りは野菜や持ち帰りのジュースを買って頂く方も多いです。お客さんと点ではなく、線というか動的な流れの中でお客さんと繋がっていたい」と岡田さんは話す。

一般的に有機野菜を定期的に買う動機として、自分や家族の病気予防という回答が最も多い。※2こうした動機に比べてヨガ、コールドプレスジュース、アートという3つの要素を持つkoyomiは、点ではなく面でオーガニック野菜への入り口を広く展開している。

コールドプレスジュースは元々、アメリカでがん患者向けの飲料として開発され、10年程前に美容ジュースとしてアメリカでリバイバルされた。

「本来、美意識の高い富裕層だけに向けたジュースではありません。アレルギーのあるお子さんや病中病後の方、健康寿命を伸ばしたい方、何らかの弱みをもっている人たちに、本当にいいものを手に取りやすい価格で提供していきたいです」

今後は農家さんと組んで、東京在住の方をターゲットにした農業体験ツアーを計画中だ「店舗だけに留まらず、農家さんと生活者との接点が生まれる“場”を増やし続けていくつもりです」。

「本当に美味しくて体にいいオーガニックを日本中に広めるために、ローカルだからできることがあります」。有機野菜を取り巻く農家と生活者の間に、幸せの連鎖を作るための壮大な計画が一歩一歩進んでいる。

※2 農林水産省大臣官房統計部 “令和元年度 食料・農林水産業・農山漁村に関する意向調査ー有機食品等の消費状況に関する意向調査ー” 農林水産省 最終閲覧日2022年3月21日)

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